国際経済の発展にともない，先進諸国では地域構造に変化が生じている。こうした変化は企業立地や労働力分布の変化として現れるが，立地や分布の密度が高まる方向の変化もあれば，その逆の場合もある。いずれにしても，貿易の自由化で加速された経済の国際競争が地域経済の盛衰を左右し，変化の方向に影響を与える。国際経済と地域経済の関係の強さは国によって異なるが，カナダは国際貿易に対する依存度が大きいためこの関係が強く，国際経済の動向に影響されやすい体質をもっている。こうした体質は，イギリスの植民地時代から始まる資源の開発と輸出を中心とする経済体制に根ざしており，その特徴は今日まで基本的に変わっていない。産業構造や貿易に占める資源の割合が大きいという点で，カナダは先進諸国の中でも特異な位置にあるといえる。
国際経済と密接な関係をもちながら発展してきたカナダを，地域の視点から明らかにするのが本書の目的である。執筆に際してとくに重視したのは，単に現代カナダの経済活動を考察するだけでなく，経済活動が国土の諸地域でどのように行われてきたか，その歴史的過程にも光を当てる点である。これは，カナダという国を経済の側面から総合的に理解するには，空間的視点と同様，時間的視点が欠かせないと考えたからである。国内各所に分布する資源がどのような経緯で開発されたか，また開発過程を通して国土が空間的にいかに組織化されたか，という点の理解があってはじめて現代カナダの経済地域構造が見えてくる。
さて，このような考えのもとで著された本書は，国内諸地域における経済活動の発展過程・現況に関する前半と，産業部門ごとの経済活動・課題に関する後半の，以上二つの部分から成り立っている。形式的にいえば，前半は地域により重点を置いているという点で地域地理学の性格をもっており，後半は経済活動の個別テーマに沿って考察を行うという点から，一般地理学のスタイルをとっている。カナダという国を経済の側面から幅広く理解するには，地域特性に重きを置く視点と，産業展開を全国的スケールから捉える視点が，ともに必要と思われる。これらのいわば縦糸と横糸を紡ぎ合わせることにより，国内的には地域的コントラストが強く，また国際的には多元性に満ちあふれたカナダという国を一枚の布として織り上げることができる。
前半最初の第1章では，カナダにおける経済発展の特質とそれを成り立たせている国土基盤，とりわけ自然条件の特徴について述べる。再三にわたって強調されるカナダの資源は，地質・気候・植生の地域性と深く結びついており，経済発展の基盤的背景をなしている。つづく第2章では，植民地時代から今日に至るまでの経済発展を地域的および歴史的に明らかにする。初期の経済活動は自然条件に強く規定されており，その後の経済発展の基礎をなした点に注目したい。
経済活動の現況を地域的に考察する第3章と第4章では，経済の発展過程を通して形成された対照的な二つの地域，すなわち国土の頭脳とでもいうべき中核地域と，そのもとで個別の経済活動が展開される後背地域に焦点を当てる。まず第3章では，中核地域が顕在化するに至った過程とその内部構造について考察する。広大な面積を有するカナダの経済が，いかに局地的に集中した機能によって左右されているかが明らかにされる。これに対し，後背地域に関する第4章では，初期の経済発展を引き継ぎながら，依然として資源に大きく依存する国土周辺部の地域経済の現状と問題点を浮き彫りにする。
本書の後半部に当たる第5章から第10章までは，経済活動をテーマ別に取り上げ，近年の動向や現況，それに各産業部門が抱える課題について検討を行う。まず第5章ではカナダの貿易と海外投資に焦点を当て，国際経済と深い関わりをもつカナダ経済の特色を浮かび上がらせる。つぎに第6章では，林業・鉱業・農業などの第1次産業について，近年の動向と課題を中心に考察する。これら資源産業が生産や貿易に占めるウエートは，その割合が低下しているとはいえ，依然として大きい。
第2次産業のうち工業分野の経済活動を取り上げる第7章では，貿易の自由化や生産技術の高度化にともなって企業や産業がどのように変化したか，といった点を中心に考察する。アメリカとの経済的結びつきが非常に強いカナダは，北アメリカ大陸が一体となった市場の出現により，経済の国際的競争という面で新たな局面に立たされている。経済の国際化は，流通や金融を中心とする第3次産業でも進んでいる。商業・金融業・サービス業の地域的展開に焦点を当てる第8章では，こうした国際化の動きとともに，先進諸国の中でも高い水準にあるサービス経済化にとくに着目する。
第9章では，経済活動の中枢的役割を果たす企業の本社・支社の立地について考察する。企業立地は都市の空間システムと深く結びついているが，海外企業が産業全体の中で大きな割合を占めるカナダでは，企業の国際的関係は国際的な都市システムとも重なっている。カナダ経済の発展を地域的視点から捉える本書の最後の章(第10章)では，経済の地域格差，労働力，それに研究開発の問題を取り上げる。国内的には，生産性の地域格差とその是正がカナダ経済の歴史的課題として追求されてきた。また国際的には，労働生産性の向上と研究開発の強化がカナダ全体として取り組むべき緊急の課題である。これには経済以外に政治や社会あるいは国際関係の要素が深くからんでおり，問題の根は深い。