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　本書は，文部省特定研究費にもとづき，名古屋大学情報文化学部と同じく人間情報学研究科に所属する教官スタッフが，1994年から2か年にわたって実施した共同研究の成果である。この共同研究は，名古屋大学のある名古屋市を中心とする東海地方を対象に，その自然的･社会的･文化的構造と特質を幅広い視野から明らかにするために実施されたが，これにつらなる一連の共同研究のスタートラインは20年前にまでさかのぼることができる。すなわち1976年から78年にかけて，当時の名古屋大学教養部に所属する教官スタッフによって行われた文部省特定研究経費による「東海地方の現状と将来に関する自然科学的･社会科学的研究(略称「東海研究I」)がその出発点である。シリーズ「東海研究」は，今回の共同研究を含め5回にわたって実施された。
　最初の共同研究(東海研究I)では，対象地域を西三河地方の農山村部に求め，高度経済成長期の産業発展によって引き起こされた集落の過疎化，それに集中豪雨禍による地域の自然的変化や社会的解体の過程が明らかにされた。報告書『地域社会の変貌と再編』はそのときの研究成果である。つづいて行われた東海研究II(1982年～84年)では，矢作川の下流域に当たる西三河南部が研究の対象とされ，大都市名古屋や近隣諸都市の影響を受けて工業化が強まる中で，旧来の農漁村地域がいかに変貌したかが究明された。このときに著わされた報告書「地域社会の分散と統合」のタイトルが示すように，都市化の波にもまれた地域社会の分解の危機と，都市的凝集という新たな統合の動きに，主たる研究の焦点が当てられた。
　さらに，1985年から87年にかけて行われた東海研究IIIでは，東海地方の最大都市である名古屋市とその周辺地域における産業，行政，文化それに自然環境の特徴が究明された。東西の2大経済圏あるいは文化圏に挟まれた名古屋圏は，回廊的ないしは漸移的性格を歴史的にもってきたが，こうした特性は現代においても認められる。名古屋圏の構造を規定している特質とそれの今日的意味は，東海研究IIIの成果である『名古屋圏の構造と特質』としてまとめられた。
　東海研究I～IIIでは，主な研究対象地域を愛知県内に求め，各地域に固有のテーマを設定して研究が行われた。これに対し東海研究IVでは，対象地域を愛知県を中心とする東海地方に広げ，そこでの自然的･社会的諸現象を情報ならびに文化と関連づけながら明らかにする試みがなされた。こうした研究の背景には，近年，目覚ましく進展している情報化が東海地方における広い意味での文化とどのように関わっているか，という問題意識があった。また，研究スタッフの所属する名古屋大学教養部が発展的に改組され，情報・文化・人間をとする教育･研究組織に生まれ変わったという事情も研究背景の一因として作用した。その研究成果である『東海地方の情報と文化』は，これまでと同様に報告書としてまとめられる一方，より多くの人々に読まれることを願い，同じ内容の論文集が名古屋大学出版会から刊行された。
　さて，過去20年近くにわたって実施されてきた東海研究も今回が5回目となり，いちおうの区切りをつける時期を迎えることになった。この度の東海研究Vでは，前回，共通テーマとして選んだ情報文化の内容をさらに掘り下げ，それらの現状把握にとどまらず，地域情報に関わる問題の所在，さらには未来に向けての方向性をも探ることを研究の目的とした。また，情報化の動向をより広い視野から捉えるために対象地域を東海地方に限定せず，国内の他地域や海外の動きも取り入れることにした。その結果，本報告書は「東海研究」の範疇にあるとはいえ，国内外における高度情報の動向を実証的・実践的あるいは理論的視点から考察する論文によって構成されることになった。
　本書では，最初に東海地方を対象として，コミュニティ･自治体･都市の各レベルで情報化がどのように進んでいるか，かつてのニューメディアとこれから始まろうとしているマルチメディアはどの点が異なるか，さらに高度情報社会に向けていかなる取り組みがなされているか，が考察される。ついで視点を海外に求め，北米都市における地域情報化の実態と，アメリカ合衆国の各地で，現在，展開されているさまざまな革新的試みが報告される。
　さらにこれらにつづいて，大学･研究機関から始まり今や分野を問わず世界的規模で利用されるようになったインターネットを活用した実践的事例とその将来性が報告され，また情動的情報が重要な意味をもつ障害者の療育活動に参加した人々の実践的記録を中心とした，地域社会における情報化のありようが報告される。そして最後に，実証的および実践的考察を踏まえながら，本書の結論として情報化がもつ光と影の側面について理論的考察が行われる。
　冒頭でも述べたように，東海地方の社会･文化･自然を対象とするわれわれの共同研究は，20年近くつづけられ今日に至った。この間に共同研究に参加したスタッフは延べ80人近くにものぼる。名古屋大学教養部の共同研究として始められたこれら一連の研究も，教養部改革にともなう組織変更のために，東海研究IV以降は情報文化学部と人間情報学研究科に所属する教官スタッフを主体とした共同研究の形式をとることにたった。情報･文化･人間を重視する新学部･大学院の創設，ならびに情報化が現代社会に及ぼす影響の大きさを勘案し，今回の研究もまた前回と同様，地域における情報化の動向を主な対象とする共同研究となった。しかしその根底には，東海地方の構造と特質を今日的視点から究明したいという研究者全員の願いがあり，その意味では5回にわたって実施されてきた東海研究の基本的なモチーフに変化はなかったといえる。
　いずれにしても，こうして上梓することができた本書は，名古屋大学教養部の頃から始まり今日まで連綿としてつづけられてきた共同研究の最新の成果である。この間，共同研究を実施するに当たって数多くの方々にお世話にたった。とりわけ，名古屋大学の旧教養部ならびに現情報文化学部，人間情報学研究科の各位のご理解とご支援は研究の推進に益するところが多大であった。ここに記して厚くお礼を申し上げたい。
　また，紙幅の関係もあり本書に収めることができたかった共同研究者による成果は，本シリーズ既刊の報告書や別の出版物を通してすでに発表されたか，あるいは近い将来に何らかのかたちで発表される予定である。これらの方々をはじめとする研究分担者各位のご尽力に対して，改めてお礼を申し述べたい。本書の刊行が，東海地方の社会の発展，ならびに地域と情報･文化に関わる研究分野の発展に寄与するところがあれば，執筆者全員の望外の喜びである。